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解散宣言・「正しい日本語を守る会」
遺憾
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2004.12.10
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「遺憾」というのは、当然、謝罪を表す言葉ではない。単なる「残念」とか「気の毒」とかいった感想を表す言葉である。
従って、危害を加えた本人が「遺憾だ」というのでは、まるで他人事(ひとごと)のようで、おかしいのである。
いや、むしろ他人事を装って、暗に「私の責任じゃないよ」ということを表す言葉だと言ってもいい。だから、当の本人に「遺憾だ」と言われたら怒らなくてはならない。
そんなことを今さら説明しなくても普通は分かっているだろう。しかしこの言葉の存在は、いろいろな局面で害をもたらしていると思う。例えば、中国の原潜が日本の領海を侵犯した事件の後、中国による「遺憾の意」の表明に対し、小泉首相は「謝罪があった」というように解釈した。
中国の武大偉外務次官は16日、日本の阿南惟茂駐中国大使に対し、日本の領海を中国の原子力潜水艦が侵犯した事実を認めた。「通常の訓練の過程で、技術的な原因で誤って」日本の領海内に入ったと説明したうえで「事件の発生を遺憾に思う」と述べた。
日本政府が12日に中国の原潜だと断定した後も中国側は「調査している」とだけ表明してきたが、日中関係の一層の悪化を防ぐため率直に事実を認め、事実上の謝罪に踏み切った。中国が事実を認めたことについて、小泉純一郎首相は16日夕、首相官邸で記者団に「中国側は陳謝したが、今後の日中友好発展に支障がないよう再発防止にしっかりとした対応を求めていきたい」との表明した。
日経新聞のサイトより(http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20041116AT1E1600W16112004.html)
だが、これはおかしいのである。お互いのメンツを保つために、一方は謝罪しないでごまかし、一方は謝罪があったと受け取る。ある言動を以て、謝罪だったかどうかの解釈を互いに都合良く行うわけだ。「遺憾」という言葉はこういうケースでなんと都合よく使われることか。
上記の例では訳語の問題もあるだろうが、しかしとにかく、遺憾は謝罪ではないのだ。この言葉の存在は、こういった問題にフタをするのに都合よく使われるばかりである。
だいたい領海を侵犯しておいて「遺憾(=残念)」とは何事だと言いたい。
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