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思想家T氏が語る
(10倍おいしく食べる秘伝)
2005.10.2


——  先生は、何を食べるにしても、普通人の10倍は味わうことができると聞きました。
 確かに、人よりはるかに味わう術を心得ておる。

——  どういうことでしょう。
 おいしい料理を作る料理法であるとか、おいしい食材を手に入れる方法とか、いろいろ研究されている。だが最終的に味わうのは、人間が口の中で行う行為だ。おいしいものの準備については余念がない割に、味わい方を知らない者が多すぎる。材料や調理法、テーブルマナーだけでなく、「食べ方」つまり食べる行為そのものが、とても重要な要素であることを認識しなくてはならない。

——  極意を教えて頂けませんか。
 そう簡単に教えられるものではない。毎日の練習も必要だ。それに、この技術は秘伝のものだ。どうして入門せぬ者に説くことができよう。

——  なるほど。では、さわりだけでも教えて下さい。
 まず入門者には、一口食べるごとに箸を置けと説いている。それから、おもむろに噛むのである。

 食事をしている人を観察すると分かるが、大抵の人は、食べ物を口に入れると、咀嚼している間は次の一口の準備をしているのである。ラーメンを一口、口に入れると、箸は次の一口を汁から取り出す動作をしている。噛んでいる間が一番おいしいのに、その間、味わうことに集中せず、次の一口の準備に心を奪われているのである。そうして準備ができたら、次の一口にせかされるようにして今の一口を飲み込むのだ。牛丼を味わう場合でも、咀嚼している間は次の一口をかき集める作業の方に集中している。ステーキなら、一口を噛みながら次の一切れを切っている。

 しかし、口の中に食べ物がある間が、おいしいと感じる時間なのである。この時間を長くしなくては、せっかくの食事の楽しみを無駄にしている。

 そこで、口に食べ物を入れたら、箸を置き、味わうことに集中する。これが第一歩である。

——   しかし、食事にえらく時間がかかりそうですね……
 当然だ。例えば1個500円の寿司を食するなら、できるだけ口に入れている時間を長くすることで、500円で得られる快感な時間を延ばすのである。これは基本だ。

——   あまりクチャクチャやっていると、唾液と反応して味も変わってくると思います。ほどほどが良いのではないですか。
 訓練次第だ。入門者には、まず唾液の分泌をコントロールする手法を習得してもらう。修行をつめば、一口の米を1時間かみ続けていても、ほとんど変成しなくなる。また、咀嚼のペースを非常に落とし、標準で1分間に5〜6回の咀嚼しかしないように訓練する。そして、食べ物の種類に合わせ、咀嚼のペースを自在に変えられるようにする。食べ物を、できるだけおいしい状態で、できるだけ長い時間、口の中に置いておけるようにするのが最終的な目標だからである。

——   それは大変そうですね。
 やってみると分かるが、食べ物を口に入れた状態で、咀嚼と嚥下を我慢するのは意外に辛い。私の師匠は、好物のカラスミであれば1切を口に入れてから、30分以上は咀嚼を控え、舌でなめ回していたものである。

——   舐め回すって、口の中でですか?
 そうだ。味わうということの最大の要素は、舌の味蕾を通して感じる、味覚である。飴をなめるようにして、ひたすら、食べ物と舌をふれあわせるのである。このとき、舌と食べ物の触れる面積をできるだけ増やし、また摩擦の程度をどのぐらいにするかなど、細かいテクニックがたくさんある。入門者は、様々な舌の動かし方を訓練する。直線の動きだけでも、左上方から左下、左上方から右上方、奥から手前、など全部で81の動きがあり、円弧や組み合わせパターンなどを入れるとかなりの数になる。これらを朝な夕な素振りのようにして訓練する。

——   しかし時間をかければいいってものではないのではないでしょうか。
 当然だ。舐めるだけでなく、適度に噛みながら内部のうま味を出し、そして舐める、といったことが必要になってくる。

 代表的な料理では、最適な食べ方が決まっている。例えばハンバーグだったら、口の直径の4〜5割程度の大きさに切り、咀嚼の回数は25回程度、一口を60秒ぐらいで嚥下するのが望ましい。また、もっと複雑な形状の食べ物や表裏がある食べ物は、舌のどの部分を使って舐めるかなどについてもそれぞれパターンがある。入門者には、これを最低でも500例は学習してもらい、最終的には、自分たちで最適な食べ方を編み出せることが目標となる。

——   では先生ここに、いくらの手巻き寿司がございます。これは、どのように食べましょう?
 手巻き寿司はなかなか難しい。長さを均等に一口ずつ食べると、だんだんしぼんでいくために後の方の一口は少なくなる。それに、奥まではネタが入っていないことも多い。

 私は二口で行く。まず上から食いちぎる。しばらくは海苔の味わいを楽しむ。咀嚼は、5秒に一回程度とし、1回の咀嚼で2個の割でいくらが破裂するペースになるよう咀嚼の力を加減する。破裂したいくらの液と米粒を混ぜ合わせるようにして舌を回転させる。きゅうりが入っている場合は、嚥下の直前まで奥歯の脇に待避させておく。魚卵系の場合は、破裂した魚卵がごはんに絡んでいる部分が一番おいしいので、舌を巻きながら手前から奥に引き、飯粒を転がすようにして舌にこすりつける動作が基本となる。十分に堪能したら、嚥下に向けて仕上げに入る。

——   な、なんかイライラしそうですね。
 口で説明するとまどろこしいが、訓練を積めば、特に意識しなくても自然とこう食べられるようになる。イライラするのはむしろ、同席者の方だ。





匿名希望 さんのコメント:
>実際にそういったビジネスマンは数多く見ている。
だから問題なんだろ。過労死が。
No.27
モダンタイムス さんのコメント:
「そんなに効率が大事なら機械にやらせろよ」
昔のチャップリン映画「モダンタイムス」で食事しながら仕事するシーンを思わず連想した。
「カ□リーメ○トだけですますとか」
実際にそういったビジネスマンは数多く見ている。
No.26
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