Tack'ns > 最近腹の立つこと > 田舎に何でも作ろうとするな、今こそ都市集結すべき

最近腹の立つこと
田舎に何でも作ろうとするな、今こそ都市集結すべき
1997.12.31

 自分の気に入らない意見に対して、意図的に、あるいは無意識のうちに極端な方向に解釈し、それは極論または暴論であるという結論を出して、相手にしようとしない。こういうタイプの防衛本能が少なくともある種の人間にあることはどうやら確実のようだ。いくら小泉純一郎が郵政三事業民営化推進を論理的に主張したとしても、反対派の耳には「小泉が郵便局をなくそうとしている」としか聞こえないのだ。

 それにしても、行政改革を考えるときに大きな障壁となる問題の一つが、間違いなく「地方の切り捨てだ」という批判である。しかし私は上述の例においても「郵便局をなくせと言っているのではない」から一歩進んで、「田舎から郵便局をなくして何が悪い」とまで言う人がいても本来は当然だと思う。

 だが、この「田舎切り捨て批判」の恐怖はなかなか大きいらしい。この種の批判は感情的に納得してしまいやすく、非常にわかりやすい。その上、人は田舎も都市と同じように整備するのが正義であるという風に勘違いしてしまいやすい。その理由の一つは、「都市=裕福」「田舎=貧乏」という古い図式が国民の頭にあり、「田舎の保護=弱者の保護」というように解釈されるからだ。それだけに、こういった地方切り捨て批判は、世論を巻き込みやすい、ある意味では非常に利用価値のある便利な存在である。

 実は「田舎切り捨て批判」が起こりやすい理由は、これだけではない。この裏には、“どんなものでも、ないよりはあった方”がいいという真理がかくれている。田舎に住んでいる人だけでなく都市部に住んでいる人にとってさえ、田舎に立派な道路や市民ホールがあった方が安心するだろう。しかし、それだけではその建設を正当化することは出来ない。実際にはどんなものでも、作るためにはコストがかかるのだ。そしてその効用がコストを上回ることこそが、およそどんな人工物にも共通な唯一の存在意義である。

 しかし、残念ながら国民はこのことを忘れがちだ。政治や行政によってそのコストの膨大さが意図的に隠されているとさえ考えたくなる。実際には道路も市民ホールも目玉の飛び出るような建設費用がかかるものであり、殆どの場合、「これから○○円ずつ集めて共同建設しませんか」という話なら誰でも断るハズのものだ。一旦徴税が行われ、それと歳出が切り離されて行われることが、こういった感覚をニブらせる。余った税金を現金で納税者に返金する制度があれば、国民もっと真剣に歳出の内容に目を光らせるハズだ。

 それでも、江戸時代ごろまでは、田舎に人を住まわせるコストはそれほど高いものではなかった。極端な話、獣道の一本でもあれば人が住むことはできた。しかし、文明の発達した今日ではそうはいかない。人が住むことによって舗装道路・電気・水道・電話線などさまざまなライフラインを整備しなくてはならない。このことは、文明の発達とともに、人間が数カ所に集まって住むことがますます効率的になってゆき、そう望まれていることを示している。そしてこのことこそ、「田舎の切り捨て批判」を必ずしも妥当としない論拠であり、私がこのトピックを書く理由である。

 私が表題に掲げた「都市」というのはせいぜい人口数万の都市を指しており、実際この規模なら都市と呼ぶべきではないかもしれない。地方と本当の田舎(過疎地)は厳密に区別されるべきだ。私が述べたいのは、東京に集結すべきというのではなく、地方ごとに地方都市等に集結すべきということである。少子化の影響で今後は人口も激減することが明らかになっており、新たな居住地開発は必要ない。こういったことをふまえた上で、地方都市を魅力あるものにすることによって、東京の機能を全国に分散することが望ましい。

 東京にあるから我が町にも○○が欲しいというのは大変結構である。地方都市の活力を増すことにつながるからだ。しかし、それはその町の規模に応じた範囲にするべきである。地方都市はともかくとして、本当の田舎は何もかもを欲しがってはならない。田舎を維持することのコストは膨大であり、そうし続ける結果として、日本全体の国力が落ちることつながるのだ。

 これからの国民や政治家は、「田舎切り捨て批判」を過剰に恐れず、毅然と立ち向かっていかなくてはならない。田舎を守り、田舎に何でも造って、田舎を維持していこうという考え方は正義でも何でもない。それどころか、そういった考え方こそが国の経済全体の高コスト体質の元凶なのだ。政治家にとっては選挙制度とからんで非常に難しいことではあるが、まずは国民全体が意識を変えて、21世紀の国土機能のあり方を考えていく必要があろう。

匿名希望 さんのコメント:
まあな、言いたいことはわからんでもないが、明らかに不必要なものまで求めるからなぁ。

結果として、国やら自治体やらの財政を圧迫するが、増税は反対。
無駄を省けと言いながら、その無駄を省こうとすると、それも反対。

どうせいっちゅ〜んじゃ?
No.156
いずれにしろ さんのコメント:
東京だけが正しくて、東京以外は間違いであるという考えはいただけない。 No.155
他のコメントも読む...
コメントを投稿できます】 >>大きなウィンドウで書く...
お名前(省略可):
メールアドレス(省略可):
削除キー(省略可):  (確認画面が出ます)

5点満点で本トピックを採点して下さい。
点数 票数   グラフ                     
5点  95
4点  12
3点  33
2点  37
1点  295
(連続投票はカウントしません)

【ページビュー】  8472
【検索キーワード】(地方切り捨て)×32   (都市 田舎)×13   (地方 切り捨て)×12   (地方切捨て)×8   (都市と田舎)×7   (田舎 都市)×5   (田舎都市)×5   (田舎開発)×4   (何でも作ろう)×3   (田舎に何でも作ろうとするな、今こそ都市集結すべき)×3   (都市 田舎)×3   (田舎に人を)×3   (地方都市 東京化)×3   (田舎グラフ)×3   (地方 切り捨て)×3   (田舎 貧乏)×3   (数万の都市)×2   (地方都市 数万の都市)×2   (都市 東京化)×2   (田舎批判)×2   (田舎の郵便局)×2   (田舎は貧乏)×2   
本記事へのリンクはご自由にどうぞ。
「最近腹の立つこと」に戻る