Tack'ns > Here.

自動改札を撤廃せよ


 従来の手作業を機械によって自動的に行うことで、我々の社会はどんどん便利になって来ている。駅の改札口も例外ではない。これまで改札口では駅係員が音を鳴らしながら切符にハサミを入れていたものだ。しかし、今や都市部の鉄道駅ではこういった光景もあまり見られなくなってしまった。自動改札機の導入が急速に進んでいるからである。  われわれは、自分の周囲が機械化されて行くという変化に慣れすぎているため、自動改札化もまた当然のこととして受け入れてしまいがちである。だが、自動改札化によって利便性を享受しているのは一体誰なのだろうか。利用客は、自動改札化により何か恩恵を受けているのだろうか。まずは、自動改札化をめぐる様々な問題点を見ていくことにしよう。

C o n t e n t s
1. 自動改札の利便性を問う
2. 誰のための自動改札か
3. 不便になる有人改札
4. 不正乗車対策のコスト
5. ストアードフェアカード
6. 利用客への広報活動
7. 自動化ということ

これらのトピックは、1998.9に執筆したもので、2001.7に公開しました。

自動改札の利便性を問う

 切符を購入して改札を通るとき、自動改札は確かに便利かも知れない。切符を手放してから再び受け取るまでに、立ち止まったり歩みを遅めたりする必要はない。改札員に切符を手渡す煩わしさにくらべると、自動改札の吸い込み口に切符を入れるのははるかにストレスのたまらない動作である。

 一方で、よく言われることだが、定期券の利用客は以前よりも明らかに不便になっている。何しろ従来の「見せるだけ」の方式と違い、いちいち定期券を改札機に通さなくてはならない。これには、単に「通す」という作業だけではなく、定期入れから定期券を「取り出す」という動作が伴う。これはなかなかストレスのたまる動作である。このことには鉄道会社も気づいていて、中の定期券を指でスライドさせるための穴が空いた、奇妙な「自動改札用定期入れ」を配布していたこともある。

 自動改札機の理想形は、非接触型のICカードによる方式である。ICカードというのは、小さなICチップを埋め込んだカードである。磁気カードよりも大量のデータを保持することができる。非接触型ICカードは、カバンの中等に入れたままでも、改札機のセンサーがそれを感知することができる。つまり、「見せるだけ」どころか「通るだけ」でOKというスグレモノなのだ。ICカードは一部のスキー場のリフト券で実用化されているが、鉄道改札についてはまだ研究開発の段階である。ちなみに非接触で情報を読みとる技術にはバーコードもあるが、残念ながらこれは定期券には向かない。バーコードは簡単に複写機で複製できるため、偽造定期券が激増する恐れがあるからである。

 自動改札でもう一つ不便な点は、清算ができないことである。乗り越しの切符を入れると勢い良く止め板が閉まる。特に混雑時は、後ろがつかえて迷惑顔をされてしまう。清算は自動清算機でやってくれ、というのが自動改札化に際する鉄道会社の基本的な態度なのである。ところがこの自動清算機は設置されている台数が少なく、また係員による清算にくらべてはるかに時間がかかることが多い。そのため、自動清算機には長い列ができていることが非常に多い。また、料金が不足しているときは止め板を閉めてブザーを鳴らすワリには、逆に運賃が余っている切符は黙って吸い込んでしまう。このズルさもまた感情を逆撫でする。

 その他にも自動改札にはいろいろと問題がある。止め板が閉まるスピードが速いため、妊婦やお年寄りには衝撃が心配だ。健康な成人だって決して愉快なものではない。大きい荷物を持っていると通りにくい。左利きの人には使いにくい。切符の取り忘れも起こるし、前の人が取り忘れれば今度は次の人が間違えて前の人の切符をとってしまう。こういった取り忘れや取り違えは有人改札でも起こり得ないことではないが、頻度としては自動改札の方がずっと多いと感じられるし、自動改札機はそうなりやすい要素を確かに持っている。


誰のための自動改札か

 このように、自動改札機自体は、利用客に対して従来より便利であると言えるものではない。むしろ不便になる面の方が多いのが実状である。従って、自動改札化は利用客に利便性を提供するために行われるのではないことが分かる。

 逆に少なくとも言えることは、自動改札機は鉄道会社にとっては便利なものであるということである。自動改札機を導入することによって、改札の手間を省いて自動化することができる。ここで注意しなければならないのは、自動化されるのは利用客の作業ではなくて、改札係員の作業だということである。そうして自動化された分の人員は削減可能となり、コスト節約につなげることができる。このように、自動改札機は直接的にはあくまでも、鉄道会社の利便性を増すものであり、鉄道会社のためのものであると言える。これが、自動化という観点から見たもっとも基本的な自動改札機の機能なのだ。

 鉄道会社がコスト削減できることは、利用客にとってもプラスに働く可能性がある。減った分のコストは利用客に還元することが可能だからだ。還元方法はいろいろある。直ちに運賃を下げても良いし、将来予想される値上げをやめて長期的に運賃を据え置いても良い。また、他の面でサービスを充実しても良い。駅舎の整備や冷房化推進、エスカレーターの設置などの費用を浮いた分のコストから捻出することもできよう。

 このように、自動改札化によって人員が削減できるのなら、その浮いた人件費は利用客に還元されて然るべきものである。利用客としても、自動改札化によって不便を強いられたとしても、その分料金が安くなるというのであれば、あながち納得のいかない話ではない。

 しかし、鉄道会社の実状はどうだろうか。現実にはどちらかといえば余剰人員を抱えていると言った方が適切だ。すぐに人員を削減できるわけではないから、コストも自動改札化したその日から下げられるというわけではないのだ。じゃあ現実はと言えば、記念カードの類の販売員や自社のクレジットカードの勧誘員などが、やたらと目につくようになったではないか。それでも今すぐ自動改札化するのにはそれなりの理由が求められて当然だ。


不便になる有人改札

 鉄道会社は自動改札化をある程度進めてゆくと、次は有人改札を不便にしたいという衝動にかられるようだ。これは自動改札化のもう一つの目的のためである。その目的とは、不正乗車、いわゆるキセルの撲滅だ。

 鉄道会社は、自動改札化が完了すれば全ての乗車券類に入退場の記録を付けることにより、キセル乗車は殆ど全て摘発できるようになると考えている。自動改札機から入場した定期券には入場の記録を付ける。この記録がない定期券を自動改札機に通して出ようとすると、キセル乗車を疑って止め板を閉めるのである。なるほど入場記録のない定期券で出ようとするのは、切符で入場してきたことを示しているかも知れない。しかし、その切符が不正な最短距離の切符であるか、正規運賃の切符であったかは判定しようがないではないか。傲慢な鉄道会社なら、その負担を利用客に押しつけることができよう。降りるときに定期券で出るなら、切符を買うときに定期券を切符販売機に入れさせ、そこで定期券に入場記録を施し、同時に間違いない正規運賃の切符を強制購入させるのである。驚いたことに、この方式はすでにJR東日本などで取り入れられているのだ。

 実際には、自動改札化の完了に伴ってキセルがなくなるというのは、やや希望的な見方にすぎる。改札内での切符の交換や、変造テレフォンカードに見られるような乗車券の偽造など方法はある。まあそうは言っても、不正が現在よりもリスクの高い行為になりそうなことは確かである。少なくとも自動改札機がキセル対策に対していくばくかの効果を発揮することはまず間違いない。ところがキセル客にまんまと有人改札を通られては、せっかくの自動改札網もザルになってしまう。そのため、鉄道会社はあの手この手で、何とか利用客に自動改札を通らせようとするのだ。

 有人改札口の止め板はその一つだ。そうでなくても有人改札口の数は少ない。しかもその有人改札口のガードの固さといったらほとんど滑稽なくらいである。通路を狭くするための箱がおいてあったり、進入禁止のマークがついた柵がおいてあったりで、絶対に通るなと言わんばかりである。私が毎朝利用している駅の有人改札口では、やることのない駅員の居眠りする姿をしょっちゅう目にすることができる。

 有人改札口を通らせまいという鉄道会社の強硬な態度を示すエピソードは事欠かない。東京の品川駅はホームから東口に至る長い混雑する通路がある。ここでは有人改札にドアが設置されたのに伴い、1ヶ月程度の間、雑音いっぱいの、不愉快なテープがかかっていた。「有人改札にドアが設置されました。……のお客様は、自動改札をお通り下さい」という内容だ。同じくいくつかの駅には、「自動改札を通れる切符で有人改札を通ると、ドアが閉まる場合があります」という妙なのぼりが立っていた。

 こういった鉄道会社の態度は非常に不愉快である。有人改札を通る人はみなキセル常習犯であるかのように見なしている。全くもって容疑者扱いなのだ。それは彼らにしてみれば、こうも有人改札が不便にされていてもなお通ろうとする輩は、キセル客に違いないと思えるのだろう。実際にその確率はけっこう高いのかも知れない。しかし、一部の不正乗車客のために他の客までが不便を強いられるというのは、決して無条件に正当化されてしかるべきことではない。

 キセルの撲滅は鉄道会社の夢である。鉄道会社は不正乗車による被害額を○○億円と推定し、キセルをなくせばその分の収入を増やせると考えている。そしてそうした増収分は設備投資や値上げ回避などといった形、利用客の利益にもなると考えているらしい。この考え方には正しい。現状では、キセル乗車客の輸送コストは他の利用客が負担していることになる。不正乗車客は鉄道会社を騙しているように見えて、実際には他の利用客に対する裏切りでもあるわけだ。

 このことを理由に鉄道会社は、不正乗車対策は善良な利用客のためでもあるのだから、そのために多少の不便を強いられるくらいは当たり前だと考えるかも知れない。だとすれば、それは間違っている。不正乗車を取り締まるに当たって他の利用者にまで不愉快な思いを強いることは、無条件に許されて良いわけではないのである。その理由を次で見ていこう。


不正乗車対策のコスト

 鉄道会社にして見れば、不正乗車は許しがたいものであり、不正客は客ではなく敵である。徹底的に取り締まろうという思いがあるに違いない。相手が不正客とハッキリしている場合には、断固とした態度でのぞむがよいし、そのことには私も異存はない。しかし、不正客かどうか分からない場合は別である。

 不正乗車の問題というのは鉄道会社にとって大きな問題のようだ。実際に不正乗車による損害額をはじいたりすれば、いかに自分たちがタチの悪いキセル犯に騙されて、損をさせられているかを痛感するのだろう。だが、だからといって鉄道会社は妙な被害者意識を持ってはならない。私が言いたいのは、「鉄道会社に限って」不正をされているわけではないのだということである。そのために別業種と比較してみるのは悪くない。「小売店」という言葉は消費者に直接モノを売る店のことを指す。小さな商店のことを小売店と呼ぶと思っている人がいるようだが、これは間違いだ。私の小学校の社会科の副読本では、街の商店を「デパート」「小売店」という分類をしていたが、誤りである。デパートも大きな小売店に過ぎず、「大規模小売店舗」の一種である。小売とは卸売りでないことなのであり、問屋でない店は全て小売店なのである。

 さて、鉄道会社にとっての不正乗車というのは、小売店でいう万引きと同等に考えることができる。小売店にとって万引きの問題というのは実に深刻である。一般に小売店、とりわけ服飾雑貨を扱う店では、実に万引きがたえない。売上の一割は万引きで消えているといっていい場合さえめずらしくない。つまり鉄道会社だけが不正乗車で悩まされているのでなく、小売店は万引きに悩まされるし、その他の業種でも同様だろう。鉄道会社ばかりが貧乏クジをひいているわけではないのである。

 万引きによる損失額はコストとして商品価格に転嫁されるだろう。万引きの場合も、結局は他の善良な客が犯人の分を負担している計算になる。この事情も不正乗車と同じである。ではここで問題である。小売店は他の客に不便を強いてまで万引きを防止するべきだろうか?

 不正乗車にくらべれば、万引きを防止することはたやすい。例えば、全ての商品を鎖でつないでしまえばいい。カギ付きのガラスケースの中に全てしまい込んでしまうというのも名案だ。しかし、できるからといってそれをやった方がいいというワケではない。そんなことをして必要以上に不便で不愉快な思いをさせれば、どんどん顧客を失うことになるだろう!

 ここで消費者のニーズが問題になってくる。結局のところ、消費者が万引き分のコストを転嫁されることと不便を強いられることを比較して、どちらをどの程度いやがるかなのだ。自分が不便で不愉快な思いをしてまで万引き摘発に協力して、少しでも商品を安くして欲しいというニーズはどれぐらいあるだろうか? 小売店であれば、これは市場が答えを出してくれることになる。店を出るときにカバンの中身をチェックする万引き撲滅キャンペーンの安売り店と、価格は高いが万引きに無防備な店など、自由競争市場にはいろいろなタイプの店が存在し、それぞれが客のニーズで淘汰を受ける。そう考えると、現在の小売店のスタイルは、多くの消費者の「対万引きコスト比」に対する考え方に叶ったものになっているということができる。

 しかし、競争的な市場と言い難い鉄道会社では、市場の淘汰による「対不正乗車コスト比」の調整が困難である。一方的にしかこの「対不正常客コスト比」を押しつけることしかできない。一方的であるにせよ、誠意ある鉄道会社なら、アンケートなどして利用客の判断も仰ぐ可能である。まあアンケートの回答者にもキセル常習犯がいるとすれば、多少困難が伴うこともあるかもしれない。

 もし鉄道が十分な競争市場であるなら、全ての客に取り締まるような態度でいるような鉄道会社は淘汰の罰を受ける。そうなれば、さすがに鉄道会社も、他の客を不愉快にまでさせてまで不正乗車を阻止しようとは思わないはずである。鉄道業界が事実上競争があまりないのをいいことに利用客に不便をかけているのだとすれば、それは到底許されない行為なのだ。


ストアードフェアカード

 有人改札を不便にするのは感心できないとしても、自動改札が不正乗車に対して一定の効果を発揮できることは疑いないだろう。そしてそのことが、善良な利用客にとってもプラスになるというのも事実である。これは確かに利用客にとってはメリットの一つであると考えられよう。自動改札機そのものが便利かどうかはさておいて、導入されることによる効果を見た場合には、実はメリットは少なくない。前に述べたようなコスト削減効果はその筆頭である。

 他に自動改札化のメリットとしては、ストアードフェアカードの実用化が挙げられる。ストアードフェアカードとは、カードを直接自動改札機に通すことによって、乗車した区間分の料金が自動的に支払える仕組みである。つまり、切符を購入する必要がなくなるのだ。もともと切符という概念自体が、料金回収のためのやむなき知恵の産物であり、切符なしで料金を支払えればそれに越したことはないのである。

 JR東日本のイオカードなどに見られるように、ストアードフェアカードは現在ではプリペイドカード方式で提供されている。前払いであることを考えると、利用客は実質的に金利分を損する形になる。プリペイドカードを購入しないと恩恵を受けられないシステムであれば、鉄道会社としてもそれを利用客に押しつけることはできない。定期券の前払い制が平然とまかり通るのも、結局のところ定期券が実質的な割引運賃であることに依るものだろうと思われる。個人情報の漏洩を嫌わなければ、これはデビットカード(即時口座引き落とし)によって実現しても構わない。カードにプレミアを付ける手もある。そう考えると、JR東日本のイオカードや営団地下鉄のSFメトロカードがプレミアなしで販売されていることも納得がいかない。

 いずれにしてもストアードフェア方式を実現するための一環としての自動改札機の設置には、それなりに利用客にメリットがあると言えそうだ。


利用客への広報活動

 自動改札機の導入は、確かに長期的に見ればコスト減が値上げ抑制につながり、利用客にもメリットがあるのかもしれない。また、これまで見てきたように、実際にはそれ以上の効果も自動改札には期待される。しかし、これらはいずれも利用客にとっては自明のことではない。約束されたことでもない。純真な利用客にとっては、自分たちがどうして自動改札化で不便にさらされるのかは不明なのである。

 自動改札化が仮に利用者に十分メリットがあるものだとすれば、鉄道会社側はそのことをキチンと利用客に説明する義務がある。また、将来の設備投資や値上げ抑制がメリットであるなら、そのことを利用客に約束しなければならない。しかしこういったことはロクに行われていないというのが残念ながら業界の実態である。鉄道会社はタウン誌気取りの広報誌を作っているヒマがあったら、本当に乗客に開示すべき情報を広報するべきだ。

 だが、こういった必要な広報活動を怠っているばかりではない。自動改札が利用者の不便を強いるものであるにも関わらず、鉄道会社の自動改札導入に際する広報活動は全く不愉快を極めている。まるで自動改札機の導入それ自体がサービスの向上であるかのような広告をするのである。

《次々に自動改札化します。どんどん便利になります!》
   ・七月  ○×駅
   ・八月  △□駅

 このような広報活動が平然と行われる裏には、「機械化=進歩」「進歩=サービスの向上」という人間の陥りやすい錯覚がある。鉄道会社が意図的にこの錯覚を利用しているのか、それとも彼ら自身がこういった錯覚に陥っているのかは分からない。だが、注意しなければわれわれ利用客まで、そのまま何の疑問も抱かずに「自動改札化=サービスの向上」と思いこんでしまうことになるだろう。

 自動改札化の導入広告の本質は、運賃値上げと比較すると分かりやすい。運賃値上げ自体は利用者にとって嬉しいことではない。だが、運賃上げによって駅整備の充実、車両の冷房化などが早期に実現できるようになるかも知れないことも事実である。しかし、このように値上げが将来的に利用客の利便向上に結びつくとしても、これらを何も約束せずにただ運賃を値上げするようなことはあってはならないのである。しかるに前述のような自動改札化の広告は、全くそういったことに触れていない。つまり、次に示す広告と同じくらい、利用客をバカにしていることになる。

《次々に値上げします。どんどんサービスが良くなります!!》
   ・七月 ○×線
   ・八月 △□線

 それでは、自動改札化に際して鉄道会社はどのような広報活動を行うべきなのだろうか? その答えも、やはり運賃値上げのそれに見習うべきである。運賃値上げに際して、鉄道会社が次のような広告を出すのは良くあることである。

《お詫びとお知らせ》
 弊社はこれまで努力を重ねてきましたが、運賃値上げが避けられなくなりました。どうぞご理解をお願いします。今後は以下のサービス実現に努力します。
   ・連続立体交差化工事
   ・車両の100%冷房化

 同じように、自動改札化の広告は、次のような「お詫びとお約束」にならなくてはならないハズなのだ。

《お詫びとお知らせ》
 弊社では、サービス向上と経費節減のため、自動改札化が避けられないと判断いたしました。自動改札化に伴い、以下のサービス実現に努力することを約束いたしますのでお客様にはご不便をおかけしますが、ご理解とご協力をお願いします。
   ・運賃の来世紀までの据え置き
   ・各種運賃割引制度の導入
   ・ICカードによる非接触型定期乗車券の実用化

自動化ということ

 それまでの手作業が機械で置き換えられる変化は、私たちの周りにはあふれている。しかし、自動洗濯機のように消費者が便利になる自動化と、自動改札機のように供給者が便利になる自動化の二種類があることをわれわれは忘れてはならない。そして、後者の場合は往々にして消費者はかえって不便になるのである。

 本章ではたまたま自動改札機を取り上げたが、切符の自動販売機にも全く同じことが言える。これは自動改札機よりもさらにタチが悪いだろう。利用客はそれまで「横浜まで大人一枚」と言いさえすれば良かった。しかし、これが自動販売機になったことで、利用客自ら運賃表を調べなければならなくなった。お金も小さな投入口に入れなければならない。列に並んだあげく紙幣の使えない機械であることが分かり、並び直したなんていう経験は誰しもお持ちだろう。

 こういった自動化はそれ自体が、まぎれもなくサービスの低下である。まずはそのことをきちんとお互いが認識するべきである。その上で、サービスを犠牲にしてでもそれを行なう理由は何なのか、また代わりに利用客に提供できるメリットは何なのか。それをハッキリさせ、知らしめなくてはならない。これもまた当然のことである。

 供給者側にこういったことを守らせ、サービスを洗練させることができるのは、最終的には消費者であり利用者であるわれわれ自身の厳しい目である。そうであるとすれば、われわれは漫然と自動化を受け入れるのではなく、一つ一つの変化を注意深い目でとらえて評価していくことを心がけていく必要があるのではないだろうか。




以下は、1996年、本ホームページを開設した当初から掲載していたトピックです。

■自動改札→人件費削減→料金値下げ?
■申し訳ありませんが、当駅も自動化します
■有人改札を不便にするな!


かき さんのコメント:
2008年3月現在においては、このトピックははっきり言って時代遅れ No.113
あい さんのコメント:
IC乗車券が普及している今は便利になったに他ならない。逆に駅員にいちいち渡して入鋏印を入れてもらう方が時間がかかる。 No.112
他のコメントも読む...
コメントを投稿できます】 >>大きなウィンドウで書く...
お名前(省略可):
メールアドレス(省略可):
削除キー(省略可):  (確認画面が出ます)

5点満点で本トピックを採点して下さい。
点数 票数   グラフ                     
5点  121
4点  30
3点  31
2点  33
1点  1533



(連続投票はカウントしません)

【ページビュー】  25024
【検索キーワード】(自動改札)×416   (改札)×45   (自動改札口)×19   (自動改札 キセル)×18   (自動改札機)×17   (JR 自動改札)×15   (自動改札機の仕組み)×13   (定期券 キセル)×9   (自動改札 仕組み)×8   (キセル 自動改札)×7   (自動改札機 メリット)×7   (改札口の仕組み)×7   (自動改札機 仕組み)×6   (有人改札)×6   (不正乗車)×6   (キセル乗車)×6   (自動改札 キセル)×6   (自動改札 )×5   (JR 自動改札)×5   (自動清算機)×5   (定期券 自動改札)×5   (自動改札 仕組み)×4   
本記事へのリンクはご自由にどうぞ。
Tack'ns Entrance